【神尾文章工房】

本を読んでいる人で、小説を書いてみたり嘱託職員をしていたりポンコツだけど生きているみたいです。

今日は稲荷様。

昨日に続き、今日も。

 昨日は猿田彦を奉った神社に初詣。そして、今日は稲荷様を奉った神社に行く。なお、おみくじは昨日のみ。結果は末吉。真面目に生きろ。
 さてはて、神社といえば本殿の前に狛犬がいるのがお約束ですが、稲荷様では狐がいるわけで。今まで、何度かお参りには行っているものの、お礼のお揚げを捧げていない……というか、捧げるほどのお願いもしてはいないのが実情だったりする。というか、それ相応の努力をしているかというと、甚だ疑わしい。遺憾もとい、いかんね。

シェーバー到着。

 amazonより電気シェーバー到着。パナソニックは性能が良い。なお、ジレット商法(T字剃刀。替え刃が高い)に手を染めたため、替え刃が尋常じゃなく高い。外刃で本体が買えるとかいうどうかしっぷり。お前はインクジェットプリンターのカートリッジかと言いたくなるような有様。なお、日立と泉はまだ安い模様。ブラウンとフィリップスは未確認。選択を誤った可能性がある……。

本日、箱根駅伝の往路。

 お約束通り、早起きはできませんでした。
 本日の結果は青山学院大学が往路優勝。首位で山の神に繋げたら、大抵は優勝できますな。体調不良でなければ。
 この時期になると、箱根駅伝不要論を言い出す人がいますが……ちなみに、最強市民ランナーの川内選手は、学連選抜で確か箱根に出たような。そのときの経験が、今に繋がっているとすれば、そういう可能性を潰しているということも言えるかもしれませんが。武井荘さんは、陸上の日本選手権を遥かに超える陸上のジャンルにおけるコンテンツを不要と言えるのはおかしい、というコメントを残している。受け止め方は色々ありますが、オリンピックやら世界陸上だけがスポーツじゃないし、元々は長距離選手を育成するために発案されたという説もあるけれど、あの沿道を走り抜ける光景を風物詩にしたのは、歴史が継続しただけの価値がある気がする。

最後に。

 明日、起きれたら、私の勝ち。起きられなければ、私の負け。どちらかというと、負ければ負けるほど、私の性根は腐り、死に近づくであろう。

謹賀新年&怠惰継続。

初めに。

もっと光を。格子戸を開けてくれ。

とりあえず、本年もよろしくお願いします。

図書館経営論 (新 現代図書館学講座)

図書館経営論 (新 現代図書館学講座)

 現状は、これを読んでいる。つまりこの教科を勉強中ということ。
 この本は割と読みやすいが、時間がないので読み飛ばし気味。

 本当は別教科の筆記を終わらせないと、先に進めないという現実。比重がそれらに有りすぎて、別教科に遁走する有様。

一年のなんたらは……。

 とりあえず、色々とやることはある。明日は二日で初売りだけど、既に必要な物はamazonで届くようにしている。
 電気シェーバー、ブルートゥースのイヤホン、BD-XLのディスク一枚、ジャージ。
 現状、肝機能が基準値を突破しているので、運動を止めるわけにはいかない状況。正月はどうしても動かない傾向なので、今日は休んでも明日は走るしかない。

最後に。

 色々と、褒められたことは言えない。でも、とりあえずやることはやる。それだけ。

 たったひとつでも、さえた行動を行うこと。

「さくや」問題。

コノハナサクヤビメを知らないとしても。

 高屋奈月の『星は歌う』の主人公の名前はサクヤなのだけれど、職場の子育て中の同世代の人に訊くと、サクヤという名前は男の子っぽいというのだそうだ。まあ、少女マンガのイケメンキャラにそういうのがいたりするから、そういう見方ができるが、その人は自分ほど、少女マンガを読んでいない。そうなると、何故に男の子っぽいのだろう? そんなに男の子の名前でサクヤは多いのか? 有名芸能人でそういう人はいたっけ? ビジュアル系バンドにはいそうだけれど。
 ともかく、サクヤの語源は日本神話と歴史書のハイブリッドの古典である『古事記』からであるが、天照大神から地上を治めるように言われた、孫のニニギノミコトは地上で見初めたコノハナサクヤビメを娶った。その際に、サクヤビメの父親から姉のイワナガヒメも嫁にしろと言われたが、ニニギは顔が醜かったことを理由にそれを拒否した。結果として、コノハナサクヤビメの美しさは反映を意味するが、その子供は木の花が枯れるように儚くなる、ということになった。つまりここで神様の子孫に寿命が設定されてしまったということ。ちなみにふたりの子供は後の山幸彦とかで、その孫が初代天皇神武天皇に繋がっていく。
 ある種の日本神話でヒロインともいえる最初の存在はイザナミなのだけど、イザナギが振り返った結果、ゾンビのままだったとので、穢れの概念が生まれたという話になる。天照大神はある意味では猛々しいので、何か守られるようなイメージを持てない。そういう意味ではコノハナサクヤビメは日本神話の最序盤のヒロインなのかもしれない。ただ妊娠したらニニギに不義の子供ではないかと疑われたので、産屋に火を放って出産したので、今では安産の神様と扱われている。
 ちなみに、ある小説家の娘さんは上記のコノハナサクヤビメに使われた漢字(『古事記』と『日本書紀』で違う)で、咲耶という名前にしたそうな。まあ、チアキとかアキラとか、どっちでもOKな名前という扱いでも良いんじゃないかという結論に今は達しておく。

現在の読書。

 『生徒会の一存』シリーズ、と自分は読んでいるけれど、最序盤の杉崎がゲスじゃなく、敗北していたら、逆に敗北の味と、西園寺のキャラクター性をより強く印象付けられたんじゃないかと個人的には感じる。それでも、生徒会役員になってしまえるのが杉崎鍵は結局、生徒達に愛されているのは良く分かる。そして、まずは西園寺のトラウマを解消し、味方へ引き込むことになっていて、杉崎主役の話だよなぁ、と実感させてくれる。相変わらず、ギャグは多いが。でも、もうちょっとバランス良ければ杉崎鍵は一応イケメンで有能かつ人当たりの良いリア充なはずなのに残念になるのは、共感性を失わせないためなのかもしれない。

本日の走破。

 2.2kmで12分19秒40。ギアチェンジはしなかったから割と遅い。ギアチェンジをすれば、もっと早く走れるけど、細く長く走ることをまずは目標とする。後に残らないことがジョギングのこつ。しかし、なかなか痩せない。負荷を上げるには、もうちょっと身体が出来たらする。ハードな走り方はまだしないことにする。

充分じゃないな。

正直、満たされない気分は続く。凄く、帰りに買い食いでラーメンとか食いたくなる。身体に悪いけど。そして、小麦粉は太るんだよね。それとは別に物欲収まらないんだよね。

 サーフェス pro 3とかのタブレットがね……電子書籍を読むために。12インチは無いとワイドコミックとかは読めないんだよね。でも高い。windowsタブレットはもちろん高い。androidだとサイズも値段もちょうど良いのがレノボとかいう罰ゲーム。
 IPadも足りないとは思っていたけど、今度出るIPad proとかいうのが12.9インチとかいう充分過ぎるサイズ。なお値段は高い。結論として、勝ってしまうと中途半端に満足してお金が無くなるというお約束なんだよね。何かが足りないと、何かを足したくなる。何か不備があればそれを埋め合わせたくなる。この手の心理は己の不完全性を否定するためにそれを埋めようする感情が働くのだろうとは理解する。それではいけないし、不完全性は認めるべきことなのだけど、理性を超えたところで欲求というのは働いてしまう。ただ、それをコントロールするのも人間の能力だったりする。
 自分は相当な問題を抱えている人間だとはもう認めているけれど、超えちゃいけないラインを突破する人間が毎日のように三面記事を飛び交う状況を認知するたびに、何でそうなるんだよ? という気分になってくる。自分が我慢できていることを、何でお前らできないんだよ! という怒りに近い感情すら覚える。もうちょっと、静かにして変な自己主張をするの控えるだけでこの世界は少しマシになると考える。だけどエゴを完全に殺せという意味ではない。そこのバランスを見極めないといけない。

最後に。

 たぶん、ストレス回避方にご飯か走る方法に全てを注いでいる気がする。でも、走ると本を読む余裕が無くなるのだ。勉強もしないといけないし、ちゃんとできない。ダメだな。色々と。これを自覚したまでは良いんだが、その次へ行かないとな。

 

さて、今日は順調に寝られるか?

週開けの課題。

 自分は日・月が祝日なので、火曜日が週明けになるのである。ところが、月曜日の深夜になかなか寝付けない。これが謎。体温が必要以上に上がったり、眠くないというのが繰り返し行われる。十一時半に布団に入っても、一時半まで時間を要すことはザラである。
 気を着けていることは、なるべく夕方五時近くには絶対にコーヒーを飲まないこと。基本、カフェインはドーピングとして考えている自分としては、毎朝飲んでいるので、これを夕方に摂取したら疲れてもいないのだから寝られるわけがない。これで寝不足で眠いという結果になったら、職場で缶コーヒーを一缶飲まなければやっていられない。
 ところで、缶コーヒーの好みはあるだろうか? 僕はドリップコーヒーは基本的にブラックで飲むのだが、缶コーヒーに関してはブレンドか微糖しか飲まない。カフェインは同等なのだが、頭を起こすのに糖分も必要と考えているから。もちろんダイエットには向かない。でも、なるべくなら微糖を飲むのだが、僕は、

アサヒ ワンダ モーニングショット 190ml×30本

アサヒ ワンダ モーニングショット 190ml×30本

 ワンダのモーニングショットが凄い好き。というか、これ飲むとマジで眠気取れる。これは、かつてサンケイビルで某出版社の筆記試験を受けた際に、徹夜のまま直行したため眠気がやばかったし、ぶっ壊れている際にこれを飲んだら、気分的に落ち着いたのと眠気が何とかなったので、それ以来、眠いときには飲むようにしている。言っておくがステマではない。私に発進力があるとすれば、こんなブログなど書いてはおらんだろう!!

 とはいえ毎度毎度、同じ缶コーヒーを飲むわけではない。缶コーヒーに関してはワンダモーニングショット>ファイア微糖>ジョージアビンテージ>ボス贅沢微糖みたいな順番のローテーションになっている。ここぞの時はワンダに戻るわけだが。
 ちなみに、茨城県人としては殿堂入りしているアイツがいる!

 大正義マックスコーヒー!!

 私は、このマックスコーヒーを小五で飲んで以来、コーヒーを飲めるようになったのである。練乳入りのベタ甘、物凄い甘いコレ! 飲んだら成人病まっしぐらだね! というコーヒー。これが全国で展開されている物だったという認識だったが、実は茨城県と千葉県限定だったという事実! それはローカル限定という概念を神尾さんに認識させました。
 結果として、このマックスコーヒーはジョージアシリーズに組み込まれた結果、今ではかなりの広範囲で飲むことができるようになりました。コカコーラ社ぐっじょぶ!

 だが、マックスコーヒーはこれで終わらない。

 茨城県にはマックスコーヒーの500mlペットボトルがあるんだッ!!
 この存在を知ったときは、甘党を殺すつもりか? という驚愕を与えてくれた。これがどれくらいの範囲で展開されているかは知らない。大好きだけど、飲むと死が近づく気分になるので、本当にたまにだけ飲む。そのときのクッソ甘い喉越し。至福だよ。ホットだと、なお甘し。というように、コーヒーは私は大好きであり、少し悩ましいところにもある。

 さて、今日はちゃんと眠られるのか? それは、三十分後ぐらいに判明する。

 おまけとして、世界一高いコーヒーは、コピ・ルアクと言い、猫がコーヒー豆を食べたウンチの中にある未消化のコーヒー豆だとかいう。ちなみにイグ・ノーベル賞を受賞している。どうして、そんな物でコーヒーを入れようとしたのか、インドネシア人にでも聴いてくれ。多分分からないけど。wikipediaにもどういう理由なのかは書いていない! これを知ったのは宮川賢さんのラジオでだ。宮川氏は、でもそれ猫のウンコですよ、とADに煽られまくってましたがな。

コーヒーで思い出したビジネスアイデア

 JTはまた煙草メーカーを買収したそうな。もちろん海外のメーカーでイランの会社だそうな。どうやら、イスラム教は煙草は大丈夫だった模様。ともかく、飲料止めてしまったので、ルーツが勿体ないな-、とは思っていた。で、そういえばJTは煙草以外に冷凍食品とか事業でやっていて、その会社には製パン事業もあったりする。で、ルーツはキーコーヒーと共同で開発した商品だった経緯がある。それなら喫煙者向けの喫茶店でも実験店でやれば良いのにな、ということを考えた。もちろん、分煙の機械とかを作っているメーカーも巻き込んで副流煙を限りなく減らすということを調査したりすることもできるのではなかろうか、ということまで考えた。でも、やらないということは、実験するメリットもそれ程ないんだろうなぁ、という結論。ちなみに、私は喫煙者でも何でもない。酒はビール一杯で寝るし、ギャンブルって胴元が儲かるんでしょ? っていうスタンス。

今年は面白いな、ストーブリーグ

 プロ野球の公式戦が終わると、日本シリーズは別としてストーブシーズンとかいう時期に入る。多分、冬に引っかけての名前であろう。どこのチームも来年に向けての話なのだが、巨人は今日のニュースでも取り扱われた、原監督の辞任ですけど、私みたいな奴は万歳三唱なんです。野球分からない人に簡単に説明すると、勝っても嬉しくないような戦術を選択するようなものだった。例えば、サッカーで言えばボランチの選手をセンタードワードにしたり、バスケにすればポイントガードシューティングガードにしてグダグダにするといったような物と言えばお分かりいただけるだろうか? それに若手の有望株がちょっと調子を落とすだけで、使わないという問題もある。長期政権で実績はたくさんあるけど、今年はお友達内閣だったのもかなり問題だったのではなかろうかと考える。多分、コーチもかなり辞めると予想できる。
 原監督が辞任して、中日は山本昌、谷繁、和田、小笠原と一気に引退。巨人はペローン青木と金城が引退。他にも男気、広島の黒田も引退を考えているくらいだし、年末のプロ野球選手の引退や戦力外、みたいな番組がとてつもなく面白いので、取り上げられるのが誰なのかが楽しみだったりする。他人の人生を眺めるのは、少しゲスなところはあるが人間は、どうやっていくかという知る意味ではドキュメントなのである。
 悪意を持つつもりはないけど、野球をやってきた人の中には、野球しかやってこなかった結果とかを示している人が多い。清原とか清原とか、他多数。何を間違えたんだ、という気分にさせられるのだが、これはセカンドキャリアとか現役時のチヤホヤが引退して、取り扱いを間違えればこうなるという恐ろしいまでの教訓として視るべきであろうと考える。
 一応、サッカーにも色々と問題はあるけれど、セカンドキャリアを入ってすぐに教育されるので、少しはマシだ。年代別で日本代表になった人がウエディングプランナーみたいなのをしているのを視たことあり、やはり何か細かいところは違うのだろうと。

最後に。

 ああ、もう寝よう。とりあえず、野球を視るのは好きだけど、組織的な問題がとんでもない量があると感じる。もし、日本の色んなスポーツのレベルを上げるにはどうすれば良いかと言えば、野球に集まりすぎているお金をどうにかすることもひとつだけど、他にも色々あるぜよ。

小説書くのも、走るのも、激しくマゾな行為である。

本日の記録と走ることについて。

2.2kmを走って11分03秒という結果。もうちょっとで、11分切れそうだった。もう一回、ギアチェンジをして少し無理すれば行けたかもしれない。
昔から言っているけど、走るのは嫌いじゃないけれど辛くなってくると、何でこんなにつらいことをやっているんだ自分は、という自問自答を絶対にする。というか、しなくちゃ走ってなんていられない。走るのなんか嫌いだと思うのは結構。こんなに辛いことを自分からするもんじゃない。水泳でもしてなさい。
と、走る気を削ぐような発言をするのは、こんなにつらいと言いながら、何でお前は走っているのか? という問いに解答を出すためである。

答える言葉が有るとすれば「痩せたい」と「血行良くしたい」と「脳内麻薬ドバドバにしたい」の三つである。

自分は体重のデッドラインを「70㎏」にしている。正直、BMIやら体脂肪率とか見るけど、これに到達したら、数値としてヤバイ事実も出てくる。で、この体重になるといきなり痩せ出すというのが近年の自分である。2011年の秋から2012年の春までで「8㎏」を落としたことはあるが、61㎏になったらフラフラになったので普通に戻して、結果として今は68㎏である。とりあえず65㎏にしたいのが今の理想。ついでに腹筋作りたい。薄めのシックスパック。何でかって言うと、自分は胃下垂なのでどうしても内臓が下がるので、それを少しでもマシにしたいのである。

血行が良い、というのは誰でも良いことだと考えているだろうけど、ここ数年、メンタル面ではこれが大事じゃないかという可能性を感じている。そもそも、脳内のホルモンやら物質とかの影響でメンタル的な物に影響は出るだろう。で、血液っていうのは水路みたいに考えれば、悪い物も良い物も流れていくし、悪い物はそれが排泄とかで処分されていく。で、血行悪ければ、脳に血が巡らないから、それは栄養届かないわ、悪い物は流れないわ、そんなことを考えてきたら運動するのが一番良くないかと感じている。事実、ブランクを置いてから走ると身体が少し痒くなる。これは毛細血管とかに血が巡るからじゃないかと感じている。もちろん動いた方がストレスは抜けるというのも大きなメリット。

で、最後に脳内麻薬。よく、マラソンランナーとかは死ぬまで朝起きてランニングしているような生活だが、あれは中毒みたいな物だとは思っている。というか、全力で走った後の呆然とした顔で歩く時は、実は相当な至福であることをいつも自覚している。実を言うと、クールダウンでゆっくりと歩いているとき、苦痛とも言える走りから解放されて、凄く気分が良くなる。例えるならば、ノイローゼの人がそれを乗り越えて最高の気分になるような感じ。つまり、苦痛からの脱却、それも自分で設定した物をクリアすることだから気分が悪いわけがない。もちろん無茶な計画は立てない。その上で、気分良く走り終え、ほげーっとなっている時こそ、脳内麻薬に浸れて最高に気分が良いわけである。

多分、メインの理由はこの三点であろう。

つくづく思うこととして、引きこもりやら精神的問題の何割かは、運動によって解決する可能性を秘めているかもしれない。とはいっても、集団スポーツなんで無理してすることない。地域の体験会に参加する必要もない。まずは、走ること。ちゃんと準備運動して、軽くウォーキングしてから走ると結構、順調に出来る。走るのに難があれば水泳をする。泳げなきゃプールで水中歩行でもしてれば良い。市民プールが温水だったりすると老人が大挙してやっている。混ざるのが嫌とか言ってるのなら、人の少ないところでジャンプでもしていればいいさ。結果として、何もしないよりはよっぽど良い。

最後に言えることは、これだけさもスポーツの効能を謳っておきながら、途中でストップすることもある。一応、社会人なので色々と事情があったりもする。そこは察してくれ。
ちなみに、私、神尾裕太は走るのは基本、夜にしている。理由は帰ってきてから走ることにしているから。
朝は、心臓に負担がガチで来るのと、基本的に安定して起きられない人なので朝に走ることはしないのです。これが正しいか間違っているかはやる人次第。

とはいっても、やっぱり走るのは辛い。これこそ走るのが辛いけど、メリットを求めてしまうジレンマこそ、マゾっぽいのである。

小説を書くのはマゾ行為。

少しでも小説を書いたら、人に見せるというのも大事だが、最初は自分に見せろ、というのが自分なりのポリシー。
小説を読んで、少しでも「ここはこうした方が良いんじゃないか」という視点を持っていたなら小説を書いて、その自分の書いた小説に同じ台詞をぶつけられるだろうか? それを積極的に行うことが、小説の遂行だと自分は信じている。
今まで、一番力を入れた小説で原稿用紙を183枚分ワープロで作成して、プリントアウトしては赤ペンで漢字間違いの遂行といらない部分、と修正部分をチェックすることの繰り返しを八回繰り返した。結論から言うと、最終稿となった原稿は、原稿用紙換算の160枚まで減った。恐ろしいことに、大事な場面だと書いたところが全然いらなかった。繰り返し、繰り返しとやっていく内に粗がどんどん見えてくる。これを受け入れ、否定する作業、これこそ小説書いていてマゾなことはないと自分が感じることである。

私の個人的な意見に「自己否定ができない人間は、他人の批判も批難もできやしない」と言う。好き勝手言ったところで、底が透けて見えるようなもの。それに、自分はダメだから、と思っているの逃げ。どこまでもがむしゃらにやって、結果がダメだったからそこで自覚して、また何かをするような考え方じゃないと何も続かない。

最後に。

どんなに頑張っていても、悲しいことはたくさんある。

布団にネコが嘔吐をしやがってくれることとか……という悲劇を乗り越えて人間は強くなるのさ(苦笑)

現実と虚構のちょうど良い狭間。

本日の読書。

ラブコメ今昔

ラブコメ今昔

『ラブコメ今昔』の二つ目の話まで読了。
やはり、こういう無さそうで有りそうな、ちょうど良い具合の話こそ小説――それこそフィクション――に必要な要素と言える。
もちろん、世の中が幸福と不幸のバランスがグッチャグチャでも、フィクションにおいてとやかく言うことなく、普通に楽しめや、という気分になる。
有川さんが、未だに自分をライトノベル作家だと言うところに、登場人物のキャラクター性に少し現実から差違が生じていることに有る。
とはいえ、ドラマにしても映画にしても演劇にしても、良くある風景を表すのならまだしも、主役も平凡すぎたら面白くはないのである。
そういう意味では、肩肘張らずに読むにはとても面白く、体験的には悪くない気分になれる作品と言えるのです。

走る、走る。

今日も2㎞を走る。正確には、2.2㎞歩いて、2.2㎞を走るという形。まあ、さすがにいきなり走ると脚に来るのは経験上、知っている。
さて、走るときにタイムを計るということをあまりやってこなかったが、ストップウォッチを手に入れたので使ってみた。
結果、2㎞を走って12分を切ったところ。言っておくけど1500m走の中学生の日本記録が4分を切る世界であることを考えれば非常に遅い。
運動不足であるということもさることながら、正直に言ってスロウペースで彼らが走ったとしても10分なんて絶対にかからない。
とりあえず、どれだけ走れば10分を切るのだろうか、ということを考えているけど11月くらいには距離を伸ばすので、そこが重要になる。

ローテーション。

平日7時は『NHKニュース7』→『クローズアップ現代』→『ハートネットTV』というローテーションを組んで生活をするだけで、世間的なことを知れると感じる。
よく、中学校で法律とか教えろよ、って意見を見ると、そうなんだけどやらないし、これほど自助努力の必要とする分野はあるんだなと知れる。
で、それを知るのにはニュースがひとつの生きるヒントなんだろうなと。もちろん、偏向報道とかの問題はあっても日常的な刑事や民事の問題を、
ニュースなり新聞で触れることは必要だと思うが、そこで憤るのではなく、認識して自分がそういう場合において、どう対処するかを認識しておくことだ。
ある小説か何かで、認識するだけじゃ意味はないと言う言葉があった。それは、真実だけど、今は認識すらできない人がいるとなれば、その言葉すら通じない。

最後に。

まだ、リハビリ感覚。この文章を書くには、大した労力ではない。
走るより楽。だけど、もう少し効率良く、この行動以外のこともできないといけないとは考えている。
何しろ、秋アニメを色々と録画しようとして、失敗しまくって中途半端に既になって、視るに視ない結果に終わりそうで嘆きそうになる。
で、そうなってくると、悔やむ気持ちになるけど、最終結論として気にするな、というオチになる。
考えてもしょうがない、そういうことばかり。でも、そういうくらいの気持ちになれないと生きていけない。本当に。

もう、反省なんてしない。

何時ぶりかは覚えていない(嘘だけど)

とりあえず、春を目前にして、既に秋になってしまった。なんというタイムスリップ、は違うか。
ともかく、今日も生きて、走って、愚痴っている。そんな毎日。リハビリなんだ許してくれ。

本日の読書。

ラブコメ今昔

ラブコメ今昔

有川さんの作品と言えば、自衛隊
こげどんぼ*さんの、

ヨメさんは萌え漫画家 (コミックエッセイシリーズ)

ヨメさんは萌え漫画家 (コミックエッセイシリーズ)

『ヨメさんは萌えマンガ家』で、
幹部自衛官の結婚生活を読んでいるので、ギャグ要素を薄めた気分で読んだが、
予想外にギャグではないにしても、コメディ要素が最初の表題作から醸し出されており、
個人的には軽く砂糖を吐きたくなるというのが個人的見解。

ブコメにおいて男がヘタレであることが肝要ではないか、というのが私の個人的な最近の発見。

行ってみた。

昨日、土浦市で行われていた同人イベント『亀城祭(仮)』に個人参加で行ってきた。同人作品を買い込んでみたわけで。
実は、今年になって同人イベントは二回目。前回は、六月に取手市でやっていた『C-3』というイベントに行った。ビンゴで図書カードを頂けたので良い思い出。
しかして、前回会った人だけど、初対面の後四ヶ月も経過していりゃ、前も会いましたねとは言われませんねw
とりあえず、顔見せ、余裕出来たらサークル参加とかをやれれば良いんだろうなぁ、とは思う。
このイベントは創作が比率として多かったので楽しみやすかったが、さすがに艦これくらいはやらないといけないかなぁ、とはなります。
ガールズ&パンツァー』で百合を書く自信はあるけど、戦車要素がゼロで良いのかと悩んで書いていない。
沙織×麻子のネタもあるくらいだし。彼氏欲しがっている沙織に告白できない麻子とか、中学まではつきあってたけど、卒業したつもりでお互いに卒業できないとか。
とりあえず、読書して勉強しましょう。そんなことを何度も言っている。

最後に。

このリハビリがいつまで続くか分からない。図書館司書の勉強はそれなりにしている。
腹いせにピクシブで百合小説とか書いているけど、今のところこの名前ではない名義を使っている。
いつ、見せるかは気分次第。もう、趣味で書いている。更に『けいおん!』でも書いている。

とりあえず、まだまだ頑張っている。